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コラム

自然を生かし、自然から学ぶ先人の知恵
ふっこみ(踏み込み)-有機肥料で土壌づくり

2012/12/27

*『みちのくふるさとの産業遺産』(編著 北東北産業技術遺産学会)
「三、ふっこみ」(沢口騏三夫 著)より抜粋

春、田植えをする前に行われる草(有機肥料)を用いた土壌づくり

 郷土史愛好家 沢口騏三夫

平成6年6月初旬、麦の穂が膨らみ収穫が待たれていた。見渡せば田んぼは緑一面、気温が上がり田植え後の苗の活着が良かったのであろう。風にそよぐ景観が清々(すがすが)しかった。筆者は、現在ダムの底に沈んでしまった山間の集落に住んでいた人を移転先に訪ねた。その折、戦後間もない昭和20年代半ば頃の農作業が話題となった。
記憶も新しい平成5年の大冷夏は植物に、動物に、そして人間に多大な影響を与えた。ところが、そうした中にあっても稲作への被害を最小限にし、収穫をあげた人たちが注目された。その農作業は、先人たちの経験を活かしたものだった。
稲作が始められてから数千年、人間は多くの経験を積んできた。その経験や知識を今、思い出す必要があろう。雪解けの冷たい水が沢を下り灌漑(かんがい)用の貯水池に引きこまれ溜まり、それがぬるみ始めると、草木が芽を吹き出す。このころ田んぼの水回り、水路や畦の漏水防止の補修をする。田んぼの水口から水路はつづら織りに作られ、太陽熱をよく吸収する様に水がゆるゆると流れている。そして田を起こし、春耕は牛馬に鋤(すき)を牽引させ耕盤を壊さないように注意しながら耕す。春耕が終わると家族総出の肥料にするための草刈り、但し、種をつける前の草でなければならない。この草の採収量によって、秋の収穫高が左右されたと言うから、大切な作業であった。

blog_1227草は大地の栄養素と水、そして太陽のエネルギーを吸収して繁茂しているのだから、そのスーパーパワーを利用しない手はない。草はすべて肥料として活用したいところだが、セリやフキなどは食料として採らずに残したと言う。雑木林の下草や若枝も刈り取られた。現在のように草刈り機などはないから鎌で刈り取った。運搬には小さな子どもたちも加わった。
集められた草は、耕した田んぼ一面に撒き、そして牛馬の足で踏み込ませた。だから、この作業を「ふっこみ(踏み込む)」と言った。ふっこみは土の粒子の隙間を大きくし、酸素を供給して土壌が呼吸できる活性化した環境を作り出す。
平成5年の大冷夏にもかかわらず影響を軽減できた人たちは化学肥料のみに依存しないで、このような草や堆肥を使った有機肥料による土壌を作っていたのである。
畦に泥土を塗りネズミ、モグラ、蛇などが開けた穴をふさぎ、水漏れを防止する。貯水池や水路で少しでも暖められた(温められた?)水を引き込む。水田の見回りを欠かさず、気温の変化によって水深を調整する。
確実な収穫とうまい米作り、心のゆとりと生活の安定、先人は多くの努力を重ねてきた。先人の知恵を知れば、路傍の草にも特別な感慨が湧く。いま、私は河川の流れや泉、灌漑用水、草や木に魅せられている。この世に無駄な物は存在しない。
それにしても、昔の人たちはどのようにして種蒔きの時期を判断したのであろうか。十和田市周辺の農家の人たちは、早春八甲田の斜面に残された残雪が自然に描き出す「松形の雪渓(まつかたのせっけい)」を見て作付けの時期を判断したと言う。「昔の科学」が「現代科学」と手を結べば心強い。
有機肥料による土壌づくりと気温の変化によって水深を自動制御するシステムの開発、それらを統合させる心と工夫が、いま結実しようとしている。

自然相手の農業で豊かな収穫をあげるためには化学肥料に頼るのみでは難しい。自然と上手に向き合い、その恵みに感謝しつつ、自然の力と人の力のバランスを取りながら農業を続けていくことができればと願っている。

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